教員情報

学部・学科文化創造学部 文化創造学科
職種准教授 【博士(文学)】
氏名(カナ)オカベ アスカ
氏名(漢字)岡部 明日香

研究分野

中古日本文学・和漢比較文学

研究テーマ

日本の中の東洋文化
日本文学への白居易の影響
漢籍における類書・幼学書の受容

研究実績一覧

論文・資料作品等

表題単・
共著
刊行概要関連授業科目
村上春樹×白居易=小確幸と独善 単著 平安朝文学研究復刊25,平成29年3月,4頁 人が文明を発展させるのはいつの時代でも「自らの生活を豊かに、喜びのあるものにしたい」という気持ちがあるからだろう。とはいえ、いつでも誰でも思い通りの幸福が手に入るとは限らない。現代は生活が便利になり、社会制度も昔よりは民主的になったものの、環境問題や経済問題で、誰もがストレスや不安を抱えている。そんな中で、「出世と名誉は得られなくても、毎日の暮らしに"小さな幸福"を積極的に見つけて心をシアワセにしながら生きよう」と考えた人々がいた。本稿で取り上げるのは、九世紀に生きた中唐のと呼び、そうした気持ちを歌った詩を「閑適詩と名付けた。さらに、現代の日本では小説家、村上春樹が「小確幸(しょうかっこう)」という造語で、「毎日の生活の中の"小さな幸せ"」の大切さを説いている。この「小確幸」は、中国文化を受け継ぐ東アジア、特に台湾で非常に流行している。そこで本稿では、白居易と村上春樹からアジア文化の中の「小さな幸せの探し方」を考えてみたい。 籍古典研究Ⅱ,東洋古典学基礎,日本語表現の基礎Ⅰ
森鴎外のドイツ漢詩~『うたかたの記』との関連から 単著 文化情報研究Vol.18 No.2,岐阜女子大学文化情報センター,平成29年2月、4頁 森鴎外は漢詩を嗜んだが,ドイツ留学時代にドイツの風物を詠じた作品がある。中でも,バイエルンのルードヴィヒ二世溺死事件は詩になっただけではなく,後に『うたかたの記』のモチーフにもなった。本稿では,主にこのルードヴィヒ二世溺死事件に関連した詩を取り上げ,鴎外の心を動かし「多情」「愛詩」について考える。また,『うたかたの記』との関連にも言及し,鴎外がこの事件をどのようにアレンジしたかを考える。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋古典学基礎
「光源氏の明石転居と儒・道・神・仏-その逡巡の思想的背景」 単著 武蔵野書院『王朝文学と東ユーラシア文化』,平成27年10月,pp253-276 『源氏物語』では、須磨に退居した光源氏が暴風雨に遭い、再び明石へと居を移す。入道の懇願を受け入れる形で光源氏は明石に向かうが、光源氏にとっては明石へ転居することなど、軽々には従えない話だった。それを合理化するための思考の中に現れる儒教的背景、道教的背景、仏教的背景、神道的背景、の四点から考察し、『老子』引用や中国六朝時代の三玄思想の思想を主とした古代後期の東ユーラシアの宗教思想状況との深い関連を指摘した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化特講,日本文化史
「台湾における日本古典教育の意義-近代台湾資料との関わりから-」 単著 中國文化大學「中日文化論叢」32,平成27年7月,pp25-40 本研究では、台湾における日本古典文学の教育を考察した。現在は、専門科目の段階になって日本語の古典文法の、および古典作品の読解に入る形が一般的と考えられる。現代の日本国内でも、大学以上の教育においても、古典教育全般の占める割合が減少しつつあり、日本文化の中の一つとして据え直されてゆく。台湾の場合、古文の学習は日本語を知ると同時に、台湾の歴史を知る上でも有効性があると考えられる。そこで、本研究では、近代の古文の実態を視野に入れた日本古典文学の教育の方法について考えてみたい。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「釈奠儀礼の文学及び文化への影響について-日本の釈奠の変遷からの考察-」 単著 「東アジア比較文化研究」13
,平成26年6月,pp3-16
本稿では、孔子及び弟子を祀る「釈奠(せきてん)(「しゃくてん」とも読む)」を取り上げる。この行事は東アジア漢字文化圏では広範囲で行われ、文化、文学にも大きな影響を及ぼしてきた。その一方で、釈奠は土着の文化を取り入れ、各地域ごとに独自の変容を遂げた面もある。今回は、日本の釈奠儀礼と文学の関係を取り上げ、比較対照しつつ考えたい。また近代における日本と台湾の釈奠儀礼の関わりについても紹介する。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「『大弐高遠集』長恨歌・新楽府和歌における白詩の訓読受容について」 単著 慈濟大學會議論文集『東方文化 第四輯 中日台詩歌的邂逅』,平成26年5月,pp191-224 11世紀の連作和歌である『大弐高遠集』長恨歌・新楽府和歌には白居易の詩文と和歌が並んで載っている。特に和歌の本文や漢詩句本文を精査すると、従来は唐の写本がそのまま読み接がれてきた、とされる平安時代中期にも、宋本系統の本文が日本に流入していたことがわかる。そこから、本文の問題だけではなく、訓読を通しての、和歌への漢詩文摂取を考えた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「森鴎外ドイツ三部作における女性像-日本古典文学の影響-」 単著 武蔵野書院『東アジアの文学・言語・文化と女性』,平成26年5月,pp159-183 森鴎外のドイツ三部作は、異国情緒を描きながらも女性の造型は日本的かつ古典的である。特に、ザクセン地方を舞台とした『文使ひ』は主人公がかりそめに訪れた秋深い水辺の古城、たまさかに出会うヒロインのイイダ姫の造型や、ピアノ演奏の描写部分、また意に染まぬ縁談を嫌い、孤独な宮仕えを選ばざるを得ない運命などに『琵琶行』の受容と引用が見て取れる。さらに明治期の『琵琶行』受容も考えた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「六条院における秋好中宮の位相―その異郷性からの考察―」 単著 輔仁大學「日本語日本文学」41,平成26年4月,pp52-67 『源氏物語』胡蝶巻で、漢詩文の「仙境描写」をふんだんに引用することで、常春のイ空間として描写される六条院と、それを祝福する役を背負わされながらも、六条院の仙境としての美しさには積極的な評価を与えない秋好中宮の描写の対比を考えた。そこから、物語内で彼女が光源氏の演出した異郷「六条院」に生きることの意義と、光源氏の万能性ではなく限界を示すことにあったということ役割を考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「『うつほ物語』あて宮の流離と『琵琶行』-内侍のかみ・蔵開を中心に」 単著 「アジア遊学」170,平成26年1月,pp24-35 『うつほ物語』内侍のかみ・蔵開巻で、入内後のあて宮は、夫である東宮がかつての求婚者に比べ凡庸に思え、不満を覚える。特に仲忠のすばらしさに今更気づくが彼も家庭を持っており、あて宮はいわば「精神的流離」というべき心境に苦しむ。その描写と呼応するように、もともとは琴の名手とされていた彼女が琵琶の名手として造型し直される。この背景に白居易『琵琶行』の引用を考えた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「台湾原住民神話と出雲神話」 単著 「現代思想」12月臨時増刊号41-16,平成25年11月,pp264-273 本稿では、特に台湾東部アミ族の巨人伝説、卑南アミ族(現在の台東から知本在住)と、やはり知本周辺に住むプユマ族の竹生神話と出雲神話の関係を比較考察する。特に記紀・『風土記』の神話だけでなく、出雲に伝わる民間伝承にも台湾の原住民神話との共通性があることを報告し、考察を加えた。特に台湾アミ族の悪神アリカカイと出雲神話との相似性について論考し、いわゆる黒潮文化の観点から出雲神話の南島性を考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「物語文学における内親王像と『源氏物語』大宮の人物像について」 単著 慈濟大學會議論文集『東方文化 第三輯 中日台女性書写』,平成25年3月,pp177-208 源氏物語に登場する葵の上の母、大宮は桐壺院の姉妹で左大臣の正夫人である。彼女は内親王でありながら左大臣に正式に降嫁し、桐壺院の治世を支えた。また左大臣家の女主として、光源氏や頭中将の間を取り持ち、夕霧や雲居雁といった次の世代を養育した。このような自立的な「女主人」の造型を、儒教的な「家室(妻)」と日本古来の「家刀自(いえとうじ)」両方の性質から考察し、理想の妻像の日本的変遷を考えた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「『琵琶行』と『水辺の女・流離の女』の系譜」 単著 「白居易研究年報」13,平成24年12月,pp215-237

白居易の『琵琶行』は、平安時代から近世にかけての古典文学の世界のみならず、実は近代に入っても、日本で非常に愛好されていた。それは、近世以前の古典文学と近代以降の文学との間を埋める要素でもある。本稿では『琵琶行』の日本での受容を軸に、古典文学と近代以降の文学とのつながりを考えてみたい。また、末尾に小森松風の『新体詩琵琶行』(明治40年)の翻刻を載せ紹介した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「秋好中宮と勤子内親王・雅子内親王の史実―絵画と斎宮―」 単著 「中古文学」90,平成24年11月,pp94-107 『源氏物語』絵合巻周辺の秋好中宮の人物造型について、絵の名手として『和名類聚抄』に記述が残る勤子内親王と、その同母妹で斎宮を務めた後から藤原帥輔に降嫁したを雅子内親王という、醍醐天皇の内親王姉妹の故事との関連を考え、また物語の理想の皇后が絵を嗜むということについて、中国唐から五代を経て宋時代に到る時期の絵画理論や文人政治の理想から考え、物語での意義についても考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「秋好中宮における『描かれない身体』―その意義と物語への影響―」 単著 輔仁大學「日本語日本文学」38,平成24年11月,pp1-18 物語の桐壺朝から冷泉朝にかけての秋好中宮の存在意義について、彼女の身体に関する描写と「光源氏には見えない部分」の物語における意味を中心に考察した。秋好中宮は、光源氏の栄華を支える后妃として重要な存在を占める。しかし、光源氏も姿を直接見たことはない。それは光源氏に庇護されながらも、独自の価値観を持って生き続けることの証にもなっている。本稿では、秋好中宮の生涯を、桐壺院の直系皇統における彼女の存在の重要性、及び実際の姿の描写との関連から考えた。特に「絵を描く」姿の描写の意義を中心に考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「『紫史吟評』宇治十帖を読む」,勉誠出版『平安文学の交響』 単著 平成24年5月,pp388-406 『紫史吟評』(天保11年識)は、『源氏物語』の全巻について漢文の評を付け、さらに一首ずつの七言絶句「吟」を詠じた作品である。作者である成島筑山は、江戸幕府の高位の儒者で、将軍の侍読も務めた人物であるが、仮名文学と漢文学の両方に深い造詣を持っていた。。この『紫史吟評』の中から宇治十帖の部分に注釈を付し、成島筑山の『源氏物語』受容の特徴について考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「若菜下巻の女楽と白居易の音楽観について―『琵琶行』受容と「正声」の思想―」 単著 新典社『源氏物語と白氏文集』,平成24年5月,pp189-214 『源氏物語』若菜下巻の「女楽」の場面で、明石の御方の琵琶の演奏の描写に、『琵琶行』が引用されている可能性を、白居易の音楽観との関連も踏まえ考察した。特に明石の御方については、琵琶の中で名人として言及されるものの、実際の演奏は若菜下巻の女楽で本格的に描かれる。さらに白居易の「正声」の思想が、物語では「琴と和琴」の対比、「箏と琵琶」の対比として描かれている可能性も考えてみた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化特講,日本文化史
「台北故宮博物院蔵『新楽府慶安三年刊本について』―紹介と書き入れ翻刻―」 単著 勉誠出版「白居易研究年報」12,平成24年1月,pp76-99 台北故宮博物院には楊守敬が日本で収集した漢籍の一部(觀海堂蔵書)が所蔵されている。本稿で紹介するのはその一つで、一般には『慶安三年刊本新楽府』と呼ばれる版本である。この本は「墨蹟刊本」と呼ばれる種類のもので、写本の筆勢を鑑賞できるようになっているが、この資料には訓読に関する非常に豊富な書き込みがある。そこで、この本について紹介するとともに、書き入れのうち注記と振り仮名送り仮名を翻刻し、この本の「新楽府の古訓研究に使われた書き込み本」という性格について考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「須磨退去の漢詩文引用―光源氏の朱雀帝思慕からの考察―」 単著 武蔵野書院『源氏物語を考える―越境の時空』
,平成23年10月,pp59-84
光源氏の須磨退居は、多くの引歌、引詩、他の物語の引用によって表現され、彼に苦難ばかりではなく、明石の君との出会いのような転機をも与えた。この中で、光源氏の朱雀帝に対する意識は常に彼の心にある。その上で、改めて引用表現を見直すと、光源氏の外面。境遇を明らかにする一方で、光源氏の内面もまた引用表現を通して明らかになる。そこで本稿では引用される漢詩文の中でも、朱雀帝を意識する部分を取り上げ考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習、日本文化史
「右大臣家の漢文故事引用の源氏物語における意義」 単著 新典社『源氏物語と東アジア』,平成22年9月,pp277-298 『源氏物語』賢木巻では、光源氏の政敵である右大臣家の一族が、「白虹貫日」という漢詩文を引用して光源氏を攻撃する。その故事は出典の『史記』の中でも複数の解釈を持ち、意味解釈の上で問題を提示するが、同時に光源氏側の立場での語りではあまり触れられない彼の負の一面を示す役割も果たしている。また、光源氏の須磨退去と法制史上の「勘事」との関係についても論じた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化特講,日本文化史
「源氏物語の引用論と本文校訂―紅葉賀巻の出典をめぐって―」

単著 中國文化大學「中日文化論叢」27,平成22年8月,pp43-56 源氏物語』紅葉賀巻の源典侍の琵琶の場面で、白居易の『夜聞歌者』の引用が暗示されながらも、実際には『琵琶行』が引用されているらしいという問題について、青表紙本と河内本の成立過程における校訂の問題や、鎌倉初期の源氏学と宋代詩学の考証の可能性を論じた。特に、南宋の『容斎随筆』に見える白居易の文学観に関する、宋代以降の詩論の隆盛の伝播の可能性にも言及した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「台湾から見た出雲神話―台湾原住民神話からの考察」

単著 「アジア遊学」135, 平成22年7月,pp27-37 日本におけるオーストロネシア文化(南島文化)の痕跡の一つとして、出雲神話と台湾原住民の神話との比較検討を試みた。出雲神話にはスサノオノミコト・オオクニヌシノミコトの物語からして巨人神話の痕跡があるが、それと台湾のタイヤル族の巨人ハルスの伝承との関連、粟の伝承を比較検討し、広い意味で日本・台湾神話にオーストロネシア文化の痕跡があることを検討した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「『賢婦紫式部』の確立-古典キャラクターとしての紫式部-」 単著 平成22年3月,「アジア遊学」130,pp234-255 本稿では、紫式部像の変遷の中でも、主に近世・近代以降の「賢婦」紫式部像の形成と現代に至る影響について考察した。古典キャラクター紫式部の「近代化」は、石山寺伝説に対抗するために、近世からはじまっていたといえる。また世界的な平安文化への関心の中で、異文化の側から生まれた「紫式部」(アメリカ合衆国、ライザ・ダルビー著『紫式部物語』の女主人公)についても言及した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「『栄花物語』の新楽府引用-訓読・摘句による受容と展開-」 単著 勉誠出版『日本古代文学と白居易』,平成22年3月,pp234-255 『栄花物語』の新楽府引用の例から、平安時代の仮名散文作品における白詩受容の一端を考えた。特に『繚綾』引用は、平安時代の文学作品を通じても引用が極少ない。もともと、賜禄の際の朗詠であるため、物語性と記録性が混在する。そして、従来は原典の持つ諷諭の意図が道長家の礼賛にすりかえられた例として読まれてきた。特にこの部分に現れた唐土との対抗・比較の意識を考えた。学問的な受容とは別に、訓読と摘句を利用することで、新しい意味を持つ句を作り出すという受容が存在したことがわかる。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「浮舟物語における常陸介一家-その『事好み』の意義と侍従の君の役割-」 単著 新典社『源氏物語の新研究-宇治十帖を考える』,平成21年5月,pp186-206 宇治十帖の浮舟は、八の宮の娘でありながら、受領の中で成長した。彼女は薫に見出され、異母姉大君の身代わりに宇治に住まわされる。しかし、彼女自身は決して人里はなれた宇治での生活を望んではいなかった。それが後の密通の悲劇を招く一因にもなる。そこで物語の描写から。彼女の周囲に見える「事好み」という上流志向と憧れ、と浮舟自身の上流貴顕への憧れの関係、両者をつなぐ侍従の君の役割について考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習、日本文化史
「源氏物語の琴と平安時代の儒者・文人の琴」 単著 米子高専原研究室編『日本文学における琴学史の基礎的研究』,平成21年2月,pp23-32 平安時代一条朝(11世紀)の七絃琴の知識や理念の流布について考察し、儒者・文人の間では具体的な演奏法も知られていたことを菅原道真や大江匡衡の漢詩などをもとに考証した。その一方で『源氏物語』ではこうした儒者の演奏が完全に排除され、皇族、その中でも光源氏の象徴としてのみ強く印象付けられている。七絃琴が『源氏物語』において意識的にこのように位置づけられた意義を考える。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「『紫史吟評』の源氏物語受容―古註釈・松平定信の解釈との関連―」 単著 「平安文学の古注釈と受容」1,平成20年9月,pp145-160 江戸時代の幕府の儒者、成島筑山の作品である詠源氏物語漢詩『紫史吟評』(天保11年識:『源氏物語』の全巻について漢文の評を付け、さらに一首ずつの七言絶句「吟」を詠じた作品である。)は、当然のことながら儒教的な解釈が目立つ。しかし、そもそも作者が『源氏物語』を読むきっかけと背景には、「楽翁文化圏」の主催者松平定信の『源氏物語』や彼の解釈との深い関係が窺える。その点を、須磨退居、藤壺宮との密通という第一部の大きな問題を軸に考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「キャラクター論と人物論―平安物語文学のキャラクター形成―」 単著 ,「アジア遊学」108,平成20年3月,pp18-27 平安時代の物語文学における人物把握の方法と、現代のキャラクター論との接点を考える。特に、読者が把握した類型的「属性」によって物語の人物を分類する伝統と、現代の「キャラ」による人物把握との関連に留意したい。考察の具体例として、平安時代の物語文学『源氏物語』『狭衣物語』『枕草子』『無名草子』他におけるキャラクター形成と分類方法を取り上げ、考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「キャラクターとしての形代―平安時代の物語文学を中心に―」 単著 「アジア遊学」108,平成20年3月 平安時代の物語文学では「形代」(かたしろ)とは、「手に入らない女君の身代わり」として求められる女性登場人物を指す用語で、従来の研究では、物語展開のための方法論か個別の人物論の中で限定的に論じられることが多かった。それを本稿では、「形代」をキャラクターの属性として考え、『源氏物語』と後期物語作品(『狭衣物語』・『浜松中納言物語』他)を通観することで、文学史的観点から考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「『浜松中納言物語』における白詩の受容―唐后の造型を中心に―」 単著 「白居易研究年報」8,平成19年9月,pp150-170 『浜松中納言物語』において「唐の后」という特徴的な女君を造型する際の、白居易の詩文の利用について、漢籍受容の観点から考察した。特に、唐后が自らを喩える「上陽白髪人」の引用を主に考えた。また、『浜松中納言物語』の作中に用いられた漢詩文の知識を、原典と直接比較すれば、作者個人の錯誤というよりも、平安時代の貴族女性の漢籍受容の産物と見られるものもある。また、作中の訓読表現からは、漢詩文の学習をしない建前の貴族女性の間にも、訓読まで知られていたことが窺える。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習
【書評】原豊二著『源氏物語と王朝文化誌史』 単著 「平安朝文学研究」復刊15,平成19年3月,pp72-75 著者が共同研究として進めていた琴(七絃琴)に関する論考、文化史研究に関する部分の記述を紹介し、また著者の源氏物語の解釈に対する賛成点、疑問点を論じた。本書は、従来の国文学の研究書に多く見られる作品論を重視した論集形式とは少々異なり、論あり、評論あり、資料ありの多岐に渉る内容になっている。最後に総括すれば、何といっても本書は『源氏物語』を軸にした、多岐に渉る文化的裾野での受容を網羅した点を評価できる。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化特講,日本文化史
「源氏物語蜻蛉巻の『上陽白髪人』引用について―幻巻からの物語内引用と併せて―」 単著 「中古文学」78,平成18年12月,pp119-128 蜻蛉巻の匂宮の激しい悲嘆の描写は、新楽府『上陽白髪人』の一節「外人不見見応笑。」とその訓読「外(うとき)人には見えず、見えば笑ふべし。」を典拠にしたものではないか、ということを考証した。さらに、この場面には、正編の幻巻で、紫上を喪った光源氏の嘆きを表す場面との関連を考え、幻巻での同詩引用例と併せて、幻巻から蜻蛉巻への物語内引用の可能性をも考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「近代の源氏物語の漢訳受容―川合次郎と『紫史』―」 単著 「アジア遊学」別冊3「日本・中国交流の諸相」,平成18年3月,pp158-168 川合次郎は明治初期の漢詩人であり『紫史』は、死の直前に作られた源氏物語の空蝉巻の漢文訳である。この作品に注解を付し、漢訳本文と源氏物語本文との比較を中心に論じた。『紫史』は、『増補国語国文学研究史大成 三源氏物語』で「川合次郎漢訳『紫史』(明治二十六年)」と簡略に紹介されているのみで、他に部分的な翻刻はあるものの詳しい注釈はなかった。その試みの注解である。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
「源典侍について―桐壺院宮廷の位置づけと『をこ話』の意義―」 単著 勉誠出版『人物で読む源氏物語 朧月夜・源典侍』,平成17年11月,pp211-220 従来老女の滑稽な物語とされてきた源典侍の挿話を、桐壺院の政治体制から考え、その背景に桐壺院が維持した皇族優先と文雅を重視する宮廷の姿があったことを考察した。源典侍は、老女でありながら好色の聞こえが高く、若い光源氏や頭中将とも関係を持つ。彼女の物語からは、桐壺院治世時代の源典侍の物語は、桐壺院治世の宮廷の「雅(よし)」を主とする趣味性を問い続け、その特異な状況が「をこ話」の笑いによって明らかにされてゆく。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習
「源氏物語の漢訳受容をめぐって─明治時代を中心に─」 単著 国文学研究資料館『教養としての古典-過去・現在・未来-』,平成17年3月,pp97-112 鎌倉時代以降、源氏物語の内容を詠じた漢詩や、漢文体へ翻訳作品が現れる。『賦光源氏物語詩』が最初である。これらには、形としては五十四帖全てを詠じた作品と、一部の巻を詠じた作品、また、紫式部や『源氏物語』そのものについて詠じた作品などに分けることができ、その詠作時期は、江戸時代から明治、昭和十年代まで細々と続いている。こうしたさまざまな「漢訳源氏」を考察し、それぞれの特色を考えた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習
「『竹河』巻の嫉妬する中宮像の形成―正編及び宇治十帖との関係性―」 単著 至文堂「源氏物語の鑑賞と基礎知識 匂兵部卿・紅梅・竹河」,平成16年12月,pp274-285 竹河巻での「上陽白髪人」の訓読を踏まえて語られた権力的な中宮の人物造型について考察し、これを、「光源氏の娘達」に対する玉鬘の屈折した心情が生み出したものとして読み解いた。『長恨歌』の裏面史が『上陽白髪人』であったように、この巻で描かれた大君物語の深層には、玉鬘の光源氏世界への憧れと共に、玉鬘自身が持っていた源氏の娘達へのコンプレックス=「中宮への恐れ」が深くわだかまっている。そして、玉鬘の個人的な心情が語りと連動して、期せずして光源氏とその周辺の世界の「闇の部分」を照らしている。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習
「『紫式部日記』古注釈における漢詩文典拠の指摘―『紫式部日記解』を中心に―」

単著 カリタス女子短期大学紀要「CARITAS」38,平成16年3月,pp40-51 『紫式部日記』の古注釈の中で、漢詩文典拠注の基本となる古注釈が、江戸時代から近代以降の研究、特に戦後から現代までの注釈に受け継がれる流れを、飛騨の国学者、足立稲直の『紫式部日記解』を中心に考え、特に漢詩文に関する注釈について考察を加えてきた。足立稲直の漢詩文に関する註釈は、彼自身の紫式部や『源氏物語』に対する考え方がかなり色濃く反映しており、この注釈の特徴を形成している。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習
「『紫式部日記』左京の君事件の記述態度─彰子後宮の漢詩文受容の問題からの考察―」 単著 「国文学研究」142,平成16年3月,pp40-51 『紫式部日記』の「左京の君事件」と呼ばれる挿話を取り上げ、この事件の記述の意義や特徴と、『紫式部日記』の彰子中宮周辺の女房による、いわゆる「彰子後宮サロン」礼賛に対する漢詩文の役割までを考えた。この事件は、従来紫式部自身の性格や当時の女房気質を示すものとして取り上げられてきたが、この作品固有の特徴として、相手の返歌を記さないことについて、漢詩文との関係を中心に論じた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習
「十~十一世紀における日中新楽府の受容─『文苑英華』巻三四六「愁怨」を中心に─」 単著 勉誠出版『論集交錯する古代』,平成16年1月,pp292-306 『文苑英華』と『和漢朗詠集』での白居易の詩文の部立の構造の違いを通して、中国・日本の文化的差異を考察した。中国宋代と平安時代日本との白居易の受容の違いを比較対照することで考察を進め、『文苑英華』では「李夫人」の部立に白居易の新楽府が採られていないことから、同じ白居易という対象への日中の理解の違いを明らかにし、そこから日本文学における「白居易」「白詩」の姿をより鮮明に捉えた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習
「源氏物語手習巻の新楽府引用と浮舟物語─『古塚狐』・『井底引銀瓶』と『陵園妾』─」 単著 「中古文学」71,平成15年5月,pp34-44 浮舟が入水未遂から蘇生した後の『源氏物語』には、白居易の新楽府を典拠とする表現が豊富に指摘できる。手習巻で新楽府「陵園妾」が三回にわたって引用され、新楽府「李夫人」とは対照的に、この引用に関しては、身も心も幽閉の苦しみから逃れるすべのない女官と対比した時、むしろ両者の心境の違いが浮き彫りになる。新楽府の影響を、女性の生きる道を追求する物語の深まりとの関連から論じた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習
「源氏物語の語りと漢文学の語り―新楽府・秦中吟との関連を中心にして―」 単著 武蔵野書院『平安文学の風貌』,平成15年3月,pp535-551 源氏物語の「中の品物語」の語りと、白居易の新楽府や秦中吟を中心とした中唐楽府の語りの技法を比較検討し、唐代伝奇小説と源氏物語との間に、中唐の楽府体詩が媒体として存在していることを考証した。特にいわゆる「中の品物語」の語りに対する唐代伝奇やその内容を楽曲化した楽府体詩(『任氏行』や『一枝花』)の「語り」の技法の影響、さらに白居易の新楽府や秦中吟を中心とした中唐楽府と『源氏物語』の語り全体を比較検討した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習

著書等

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共著
刊行概要関連授業科目
『紫式部の漢学世界』 単著 慈済大学,平成25年11月 著者の最初の研究書であり、中華民國副教授昇格審査資料でもある。内容は主に平安朝の一条朝時代(11世紀初頭)の漢詩文の受容に関する論考であるが、日中交流も視野に入れ、書期宋学との関係も論じた。現在注釈作業中の漢詩集『紫史吟評』(江戸時代)の注釈および書誌研究である。これは成島柳北の父で第十四代将軍徳川家茂付きの奥儒者だった、成島筑山の作で、江戸時代の幕府系の儒学者による漢文訓読の集大成である上、『源氏物語』を詠じた漢詩集としても貴重な資料でもある。(総頁数)255頁 漢籍古典研究Ⅱ、東洋文化特講、東洋文化演習
『玩味花蓮』 共著 慈済大学,平成23年2月,pp1-8、11-17、19-25、27-34、37-44、47-53、55-62、65-70、73-78、81-87、89-94、97-103、105-113、115-121、123-129、131-136、145-150 三年生のガイド志望の学生のための科目である「観光日語」の教科書。中級程度の日本語を使い、花蓮について紹介する内容。全18課の日本語課文と例文作成を担当した。内容は、花蓮の産物を中心に、タロコ渓谷、七星潭(チーシンタン)、東部海岸といった景勝地だけでなく、日本時代の豊田村官営移民の歴史や花蓮名物のワンタンと餅、台湾式スーイトポテトといったものを具体的に紹介しながらガイドのスクリプトと読解教材両方に使用できるようにした。(総頁数)152頁中111頁(共著者:頼家姫) 東洋文化特講、東洋文化演習

学会発表

表題単・
発表概要関連授業科目
故宮博物院本『蒙求』77・78「賀脩儒崇 孫綽才冠」の諸問題 単独 和漢比較文学会平成28年度大会,平成28年9月24日 今回取り上げる上巻「77賀脩儒崇 78孫綽才冠」は、古注から徐子光注への変遷上多くの問題を含んでいる。
 まず、77の表題は、故宮博物院本及び宮内庁書陵部本(以下「書陵部本」)では「賀脩儒崇」であるが、鎌倉末期書写の東洋文庫蔵伝教家筆標題本が「賀脩儒宗」、準古注といわれる国会図書館蔵大永五(1525)年書写本で「賀循儒宗」と修正されるという経過をたどる。また、故宮博物院本及び書陵部本のみに、「78孫綽才冠」の古注に欄外注として「温王郄庾諸公薨須綽為銘而後刑石之」という書入れが入る。この書入れと徐子光注との関係も現存最古注を考える上で見逃せない問題を含んでいる。さらに、「78孫綽才冠」故事は『蒙求和歌』に取り入れられる際に平仮名本と片仮名本で大幅な改変が見られる。すなわち、『天台山賦』を地面に投げる逸話は、『蒙求』では孫綽が自負して「地面に投げたら金石の音がするだろう」と自慢した言葉であるが片仮名本では「友達が賞賛して『投げてみよ』と勧めた」となっている。一方平仮名本は「自分で投げたら金玉の音がした」という奇瑞譚に変わっている。それぞれ変わっており、説話化の観点からも興味深い。
漢籍古典研究Ⅱ,東洋古典学基礎,東洋文化特講Ⅰ・Ⅱ,東洋文化演習
渤海関係詩 菅原道真『酔中脱衣贈裴大使叙一絶寄以謝之』注釈 単独 早稲田大学日本古典籍研究所,平成28年3月 『菅家文草』他に残る渤海国と日本の漢詩人の贈答詩を通時資料として集成し、各詩に注釈をつけ、相互の関連を有機的に結び付ける早稲田大学日本古典籍研究所プロジェクトの成果の一部。同研究所は筆者が招聘研究員を務めている。(全6頁) 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講Ⅰ・Ⅱ,東洋文化演習
日本における楊貴妃怪異説―台北故宮博物院本『歌行詩』「長恨歌」書き込みからの考察― 単独 国際シンポジウム「東アジア文化交流―妖異・怪異・変異―」,平成27年12月 唐の楊貴妃は、歴史上「安史の乱」の原因となった女性であるにも拘らず、玄宗との純愛と悲恋が専ら文学において描かれ、『長恨歌』の中で蓬莱宮の仙女に生まれ変わったとされる叙述があるためか、彼女を妖怪変化とする伝承は日本でも中国でも稀である。平安時代においては、『源氏物語』の桐壺更衣のモデルとされるなど、被害者としての姿や、運命の悲劇性を強調されて受容されてきた。
それでも、中世後期に入ると、本発表で取り上げる台北故宮博物院本『歌行詩』(日本室町時代写本、楊守敬観海堂蔵本)には、欄外の書き込みの形で、楊貴妃を「九尾の狐の化身の一人」とする狐狸精説、「元々天界人だった玄宗との恋を全うするため、下界に下った同じく天界の妓女」とする謫仙説、といった複数の伝承が記されている。これらは、正当な伝承ではない「異説」ではあるものの、書き込みも含めた日本に残る『歌行詩』写本をはじめとする資料と合わせると、日本の中世後期における、さまざまな形態の『長恨歌』受容の実例が浮かび上がってくる。
漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
白居易『琵琶行』と新体詩『琵琶行』

単独 2015年度「東アジアと同時代日本語文学フォーラム」台湾大会×輔仁大学日本語文学科国際シンポジウム「文化翻訳/翻訳文化」,平成27年11月 白居易の『琵琶行』は、平安時代から近世にかけての古典文学の世界のみならず、実は近代に入っても、日本で非常に愛好されていた。それは、明治になって、「ポエトリイ」(叙事詩,もしくは物語詩)の概念が西洋からもたらされた際、和歌における長歌の作例が少なくなって久しい日本では、「ポエトリイ」を理解するために日本人にとって身近な作品が、むしろ漢詩である『長恨歌』と『琵琶行』だったためである。つまり、白居易の詩文は近世以前の古典文学と近代以降の文学との間を埋める要素を持っていたたのである。そこで本発表では『琵琶行』の日本での受容を軸に、古典文学と近代以降の文学とのつながりを考えてみたい。明治時代の作例としては、高崎正秀『潯陽江』(1907以前、実際は阪正臣との合作)と、小森松風の『新体詩琵琶行』(1907)を取り上げる。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
近代日本と台湾の釈奠文化 単独 慈濟大学東方語文学系学術研究討論会,平成27年5月 本発表では近代における湯島聖堂と台北・台南の「釋奠(せきでん)(「しゃくてん」とも読む)」儀礼の変遷と相互影響について考察した。孔子を祭る釋奠は8世紀に中国から伝来して以来、日本の習俗を取り入れながら独自の発展を遂げてきたが、幕府のもとで挙行された湯島聖堂の釋奠は、明治維新の折に代化の波の中で一度は廃絶の憂き目を見た。しかしながら、明治末期に神道を取り入れた文化的行事として復活し、その新しい儀礼は台湾の釋奠儀礼にも影響を及ぼした。現代まで続く変遷とその意義について考える。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
源氏物語紅葉賀巻「鄂州にありけむ昔の人」の典拠解釈の変遷について 単独 中古文学会秋季大会,平成26年10月 本発表では『源氏物語』における典拠と准拠の再検討という問題に対して、紅葉賀巻での源典侍と光源氏の挿話を、温明殿で二人が行き合う場面の漢詩文典拠表現から考えた。まず、作中に光源氏の心内語の形で、出典を示唆する言葉が示されているにも関わらず、場面全体の表現とそぐわないこと、この部分は青表紙本系と河内本系で本文が全く異なり、それぞれが別個の漢詩文典拠を持つことが問題とされてきた。その典拠解釈の変遷から、日本・中国の学問体系の変遷と『源氏物語』における漢詩文典拠研究の関係を考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
釈奠舞―日本の釈奠儀礼と文学の記述― 単独 和漢比較文学会東部例会,平成26年1月 本発表は、孔子及び弟子を祀る「釈奠(せきでん)(「しゃくてん」とも読む)」を取り上げる。この行事は東アジア漢字文化圏では広範囲で行われ、文化、文学にも大きな影響を及ぼしてきた。その一方で、釈奠は土着の文化を取り入れ、各地域ごとに独自の変容を遂げた。例えば日本では重要な儀礼である舞が早くに廃れたが、これは思想史上の大きな転換を示す。また、日本の釈奠儀礼と和歌文学、漢文学それぞれの作例を取り上げ、比較対照しつつ考えた。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
『源氏物語』秋好中宮の異郷性

単独 2013年輔仁大学日本語文学科国際シンポジウム「文化における異郷」,平成25年11月 文学における「異郷」という観点から秋好中宮が六条院における異郷者の役割を果たすこと、またそのことで光源氏の特異性を明らかにすることを考察した。光源氏は、母方の伝領の地二条院ではなく、秋好中宮の本邸である「六条古宮」を取り込む形で六条院を造営し、本拠を移した。それは、政権の基盤が「秋好中宮の養父」という資格に支えられていたからである。そのことと、秋好自身が光源氏の価値観や美意識の取り込まれない人として描かれることの関連を考えた。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
台湾における日本古典教育の意義―近代台湾資料との関わりから― 単独 中國文化大學「2012年超域的日本語教育学國際學術研討會」,平成24年5月 本発表では、台湾における日本語学習の中で、地域の特色として日本古典文学の教育を考察したい。現代の日本国内でも、古典教育は広い意味での日本文化学習の中の一つとして据え直されてゆく傾向がある。台湾の場合、日本統治時代初期の文献は古文(漢文訓読体)で書かれることが多く、当時の台湾の習俗や原住民の歴史伝承を記録した資料もある。そのため、台湾における日本語古文の学習は、台湾の歴史を知る上でも有効性があることを検証した。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
秋好中宮の人物造型への勤子内親王及び雅子内親王の史実の影響―光源氏の政治家的造型と関連して― 単独 中古文学会春季大会,平成24年5月 『源氏物語』絵合巻周辺の秋好中宮の人物造型について、絵の名手として『和名類聚抄』に記述が残る勤子内親王と、その同母妹で斎宮を務めた後から藤原帥輔に降嫁したを雅子内親王という、醍醐天皇の内親王姉妹の故事との関連を考え、また物語の理想の皇后が絵を嗜むということについて、中国唐から五代を経て宋時代に到る時期の絵画理論や文人政治の理想から考え、物語での意義についても考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
秋好中宮の存在と身体-絵を描く描写からの考察- 単独 2011年度輔仁大学日本語学科国際シンポジウム「文化における身体」,平成23年10月 本発表では、秋好中宮の生涯を、桐壺院の直系皇統における彼女の存在の重要性、及び実際の姿の描写との関連から、特に「絵を描く」姿の描写の意義を中心に考察した。考えた。特に彼女の身体に関する描写と「光源氏には見えない部分」の物語における意味を中心に考察した。秋好中宮は、光源氏の栄華を支える后妃として重要な存在を占める。しかし、光源氏も姿を直接見たことはない。それは光源氏に庇護されながらも、独自の価値観を持って生き続けることの証にもなっている。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
『大弐高遠集』長恨歌・新楽府和歌における白詩の訓読受容について 単独 慈濟大学東方語文学系学術研究討論会,平成23年5月 平安時代中期の歌人、藤原高遠は藤原実頼の孫であり、摂関家小野宮流の名門出身の貴族である。彼は一条天皇の笛の師を務め和歌にも優れていた。彼の私歌集『大弐高遠集』の中に『長恨歌』・『新楽府』を題材に詠んだ歌群が存在する。この和歌や、和歌に付された漢詩句は平安時代中期の『白氏文集』受容にとっては非常に貴重な資料である。そこで本稿ではこの歌群とその訓読について考察し、『白氏文集』の日本文学への受容における訓読の役割について考えた。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
『紫史吟評』宇治十帖詠の源氏物語受容 単独 和漢比較文学会東部例会,平成22年7月 本発表では、成島筑山作『紫史吟評』(天保11年識)の中から宇治十帖の部分をとりあげ、『紫史吟評』における宇治十帖の位置づけ、『紫史吟評』の女性観と宇治十帖、夢浮橋における源氏物語観、の三点から、源氏物語受容の特徴について考察した。『紫史吟評』は、『源氏物語』の全巻について漢文の評を付け、さらに一首ずつの七言絶句「吟」を詠じた作品である。作者である成島筑山は、江戸幕府の高位の儒者で、将軍の侍読も務めた人物であるが、仮名文学と漢文学の両方に深い造詣を持っていた。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
物語文学における内親王像と『源氏物語』大宮の人物像について 単独 慈済大學2010東語系学術研討会,平成22年5月 『源氏物語』の大宮は、左大臣の正妻で葵の上の母にあたる。彼女は桐壺院の姉妹にあたる内親王(三宮)であり、左大臣家に降嫁後も「大宮」と尊称され、政治的見識と母性を備えた女性として描かれる。光源氏が権力を増す中で、彼女は光源氏と提携し摂関家の矜持を保つ方法を息子、頭中将を通して模索し続けた。本発表では、大宮の人物像を史実及び物語の内親王と比較し、儒教的な「婦(=家を守る妻)」像との関連から考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
『源氏物語』秋好中宮の人物像について―光源氏の評価との乖離からの考察― 単独 台湾大学平安朝文學國際研討會,平成22年2月 『源氏物語』の冷泉帝の皇后、秋好中宮は光源氏の養女であるが、もともとは六条御息所と夭折した東宮(桐壺院の兄)の間に生まれた皇女(女王)である。物語では光源氏の政策の駒として栄華の道を歩むが、その描写を分析すると、光源氏に対して必ずしも賛美一辺倒だったわけではない姿も描かれる。一方光源氏はたびたび彼女を批評することで、彼女を理解したつもりになっており、本発表ではその両者の乖離からと秋好中宮の人物像の独自性を考えた。 漢籍古典研究Ⅱ,日本文化史,東洋文化特講,東洋文化演習
引用表現の指し示すもの―源氏物語への白詩引用の実情 単独 2009年中國文化大學台日交流學術研討會―日本語文化圏におけるアジア文化の影響―,平成21年12月 『源氏物語』紅葉賀巻における光源氏と源典侍の物語は、深刻な物語の中に挟みこまれたコミカルな「をこ話」としてのみ、従来は考えられてきた。しかし本発表では、温明殿で二人が行き合う場面の解釈史を再検討し、複数の漢詩文引用が認められること、その一つは前漢の卓文君の故事で伝統的な漢学に拠る引用であるが、もう一つの引用例は白居易の詩文の解釈に関する宋代詩学に基づく引用例の可能性があることを指摘した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
『紫史吟評』に見る『源氏物語』の「消費」―空蝉・朝顔斎院への批評― 単独 國立政治大學頂尖計畫「大衆文化與(後)現代性」國際學術研討會,平成21年12月 詠源氏物語詩『紫史吟評』の中で、空蝉と朝顔斎院に対しては、高い評価が与えられている。特に空蝉に対しては光源氏を拒み通したことを強調するが実際には二人は一度関係を持っている。また朝顔斎院の場合は正式な縁談であり拒絶する理由は「貞節」ではない。にもかかわらずこの二人が「貞女」とされざるを得なかったことから、江戸時代までの『源氏物語』の読まれ方との関連や、明治初期の源氏物語観への影響を考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,
東洋文化演習,日本文化史
『栄花物語』の新楽府引用― 平安時代後期の女流仮名散文学作品における白詩訓読受容の考察 ―

単独 早稲田大学日本古典籍研究所・清華大学外語系共催シンポジウム日本古代文学と白居易,平成21年7月 本発表では源氏物語との比較も視野に入れつつ、『栄花物語』(主に正編)の新楽府引用箇所について、平安時代後期の女流仮名散文学作品における訓読による受容を明らかにした。特に『繚綾』引用は、従来は原典の持つ諷諭の意図が道長家の礼賛にすりかえられた例として読まれてきた。特にこの部分に現れた唐土との対抗・比較の意識からは、学問的な受容とは別に、訓読と摘句を利用することで、新しい意味を持つ句を作り出す受容が存在したことがわかる。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
紫式部のキャラクター化―才女と賢婦の往還― 単独 台湾大学日台共催シンポジウム「キャラクターの古典化」,平成21年5月 紫式部の人物像の変遷から、主に近世・近代以降の「賢婦」紫式部像の形成と現代に至る影響について考察した。その結果、古典キャラクター紫式部の「近代化」は、石山寺伝説に対抗するために、賢婦増の強調が付される動きが近世からはじまっていたといえる。また世界的な平安文化への関心の中で、異文化の側から生まれたキャラクターである「紫式部」(アメリカ合衆国ライザ・ダルビー著の小説『紫式部物語』)についても分析した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
紫式部のキャラクター化 単独 中國文化大學日本語文學系所主催日本研究國際學術研討會,平成20年5月 本発表では、主に中世の紫式部伝説を取り上げ、紫式部の生前に、彼女が主に『紫式部日記』を通して対外的に「キャラ付け」をしし確立したである「キャラ」「紫の人」・「才ある」・「おいらけもの」と、彼女の没後、中世に『源氏物語』との関連で作られたキャラクターとしての「紫式部」の「堕地獄」と「観音化身」の両面を考えた。その結果、現在の紫式部のイメージは、彼女の没後に『源氏物語』との関連で作られたキャラクターとしての「紫式部」が融合したものと位置付けた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
源氏物語の琴と平安漢詩文の琴─詠琴詩との比較から─ 単独 日本文学における琴学史の基礎的研究シンポジウム「源氏物語と七絃琴 」,平成20年3月 七絃琴(=琴)は本来中国の楽器であるが、日本に伝来し中国文化の精髄を象徴する楽器として尊ばれた。本発表では、『源氏物語』が成立した平安朝一条朝時代(11世紀)の琴に対する知識や理念の流布について、儒者・文人の間では、具体的な演奏法も知られていたことを考証する。さらに『源氏物語』では、この時代にも見受けられた儒者の弾琴が描かれず、琴が光源氏の象徴的楽器として描かれた意義を考える。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
故宮本最古注『蒙求』の訓釈と考察をめぐって―「王戎簡要」から「田横感歌」を中心に― 共同 和漢比較文学会東部例会,平成19年7月 台湾故宮博物院蔵『蒙求』は、平安時代後期(12世紀)の写本とされ、楊守敬が日本で収集した古典籍の一つである。その注釈はいわゆる「古注蒙求」の中でも最古の携帯を留めており、日本に残るほかの写本とは一線を画する。しかも、ヲコト点、一二点、書き込みなどの貴重な情報が多く記載される。本報告では「幼学之会」でのこの本の訓読・注釈作業の進展の報告と今後の研究課題の検討を中心とした考察と提示した。(共同発表:堀・相田・三田) 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
キャラクターとしての形代 単独 台湾大学人物・キャラクターの視点による前近代文学史構築の研究国際シンポジウム,平成19年5月 「形代」(かたしろ)とは、「手に入らない憧れの女君の身代わり」として求められる女君のことで、従来の研究では、物語展開のための方法論か個別の人物論の中で限定的に論じられることが多かった。それを文学史的観点から考察した。特に本発表では、『源氏物語』と後期物語作品を通観することで、「形代」をキャラクターとして捉え、その役割や位置づけについて文学史的に考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
詠源氏物語詩『紫史吟評』について―成島筑山の源氏物語受容― 単独 和漢比較文学会東部例会,平成19年1月 『紫史吟評』(1840成立:源氏物語の全巻を一首ずつの七言絶句に詠じ、巻の内容についての評を漢文で付けてある)と成島筑山について、考察し、儒者としての『源氏物語』の読解と、儒教的道徳観では割り切れない『源氏物語』の特質についての自分なりの解釈とが作品中に並存していることを明らかにした。その作品に見える彼の源氏物語観を、「『風流罪過』への寛容」という言葉を中心に分析を試みた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
詠源氏物語詩『紫史吟評』―江戸幕府奥儒者の源氏物語受容― 単独 中国東北師範大学国際シンポジウム 世界における日中文化と文学,平成18年9月 『紫史吟評』(1840成立)は、源氏物語の全巻を一首ずつの七言絶句に詠じ、巻の内容についての評を漢文で付けてある。作者成島筑山は、江戸幕府の将軍付きの儒者である。本発表では改めてこの作品を考察し他の詠源氏物語詩と比較した。この作品は、詩だけではなく各巻への寸評が散文で付されているとことが特徴的で、その寸評には作者のかなり自由な感想が率直に述べられている。本発表では改めてこの作品を考察し他の詠源氏物語詩と比較した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
古代の日本・中国における琴の受容―理念として、楽器として、文学として― 単独 物語研究会例会,平成18年9月 七絃琴(=琴)は、思想性、道徳性の高い楽器とされ、中国の明代には漢学と結びついた「琴学」という学問体系が出来上がった。その過程でさまざまな伝説も生まれたが、その理想と現実との懸隔も広がった。文学ではそうした理想・伝説を意識して取り込み、虚構の世界を作り上げた。そこで本発表では記録に残る琴の実態と、『宇津保物語』や『源氏物語』その他に描かれる「琴」との齟齬を中心に、その意義を考えた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
近代における源氏物語の漢訳受容―『紫史吟評』と明治期漢訳作品― 単独 早稲田大学・北京師範大学共同開催日中比較文学比較文化研討会,平成17年9月 幕末から近代にかけての源氏物語漢文翻訳を取り上げ、紹介した。なお、鎌倉時代以降、源氏物語の内容を詠じた漢詩や、漢文体へ翻訳作品が現れる。『賦光源氏物語詩』が最初である。形としては五十四帖全てを詠じた作品と、一部の巻を詠じた作品、また、紫式部や『源氏物語』そのものについて詠じた作品などに分けることができる。さらにまた、近代初期における漢文の普遍性について、江戸から明治へという時代の過渡期に漢訳が集中した意義と併せて考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
源氏物語の蜻蛉巻の『上陽白髪人』引用―『うとき人には見えじを』めぐって― 単独 中古文学会春季大会,平成17年5月 蜻蛉巻の薫と匂宮の対面の場面を取り上げ、その匂宮の激しい悲嘆の描写は、新楽府『上陽白髪人』の一節「外人不見見応笑。」とその訓読「外(うとき)人には見えず、見えば笑ふべし。」を典拠にしたものではないか、ということを考証した。さらに、この場面には、正編の幻巻で、紫上を喪った光源氏の嘆きを表す場面との関連を考え、幻巻での同詩引用例と併せて、幻巻の光源氏の描写と蜻蛉巻の匂宮の描写の間の、物語内引用の可能性についても考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
源氏物語の『上陽白髪人』訓読の引用―梅枝・蜻蛉巻の「うとき人には見えじ」― 単独 全国大学国語国文学会冬季大会,平成16年12月 源氏物語の梅枝巻及び蜻蛉巻の「うとき人云々」という表現は、白居易の「上陽白髪人」の一節を元にしている。この表現を、他者への気遣いや「人笑へ」を忌避するさまざまな場面に使う点に、源氏物語独自のあり方を指摘した。この表現は『源氏物語』の帚木巻他に散見するが、女の謙遜から、真剣な夫婦間の悩みまでが、この言葉を軸に表現される。そこから訓読語のイメージの豊かさを考え、それが和文脈の発展に寄与する流れにも言及した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
源氏物語の漢訳受容をめぐって―明治時代を中心に― 単独 国文学研究資料館第28回国際日本文学研究集会,平成16年11月 幕末から近代にかけての源氏物語漢文翻訳を取り上げ、それぞれの特徴を考えた。また、江戸から明治へという時代の過渡期に漢訳が集中した意義についても考察した。成島筑山『紫史吟評』は詩だけではなく各巻への寸評が散文で付されている。また菊池三渓、『訳準綺語』は、『源氏物語』だけでなく『南総里見八犬伝』の一部も漢訳し、世界に広めようとした、という意図が示されている。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
『賦光源氏物語詩』と古注釈の関係 単独 平安朝文学研究会研究発表会,平成16年3月 賦光源氏物語詩』の本文について調査し、宮内庁書陵部本他の金沢文庫本系と、群書類従系本文との比較検討を試みた。併せて源氏物語古注釈に引用された漢詩文と、詩語の関係を考察した。特に、『河海抄』で『源氏物語』の用語の根拠として指摘が挙がった白居易の詩文の用語が、若紫詩、末摘花詩周辺で取り上げられ、詩語として新しく用いられていることを中心に考察した。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
源氏物語における「うとき人(には見えず)」 和漢比較文学会東部例会,平成16年1月 『源氏物語』に登場する「うとき人には見えず」という表現について、白居易の新楽府「上陽白髪人」の訓読との関連を考え、この句の訓読語が地の文と引用表現に与える影響についても言及した。この表現は『源氏物語』の帚木巻他に散見するが、実は女の謙遜から、真剣な夫婦間の悩みまでが、この言葉を軸に表現される。そこから訓読語のイメージの豊かさを考え、それが和文脈の発展に寄与する流れにも考察を広げた。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史
『紫式部日記』「左京の君事件」の記述態度―彰子後宮の漢詩文受容の問題からの考察― 平安朝文学研究会研究発表会,平成15年6月 『紫式部日記』「左京の君」事件の辛辣な記述について、新楽府「百錬鏡」を媒介とした弘徽殿殿女御及び彰子中宮周辺の漢詩文受容の影響を検証し、次にこの記述を、中宮彰子後宮の記録としての観点から考察した。彰子後宮の圧倒的優位性を描くかのように見える記述にも拘らず、他の箇所では中宮周辺こそ、「埋もれたり」といわれる雰囲気があったこと、それを跳ね返すための宣伝としてこの記述が書かれたことを考察する。 漢籍古典研究Ⅱ,東洋文化特講,東洋文化演習,日本文化史